昨今、多くの事業者の間でセキュリティトークンビジネスの実現が検討されています。
セキュリティトークンは金商法の規制下におかれており、預かり資産の管理=カストディの方法によって、準拠するコンプライアンス要件に違いがあるため、事業者はどのようにカストディを実施するかを検討することとなります。
ブロックチェーン上のデジタルアセットの管理手法については、以前に「米国に見るセキュリティトークンカストディの類型と国内における実現アプローチ」の記事で大きく3つの類型があることを解説いたしました。
伝統的な証券事業者がセキュリティトークンを発行する場合、資産管理は投資家本人ではなく、第三者に預託されることがほとんどですが、クライアント型のウォレットを用いたセルフカストディが組み込まれることもあります。
国内規制では、顧客の資産を預かり管理する際にコンプライアンス負担が増加することもあり、セルフカストディの実現可能性について一考の余地があるでしょう。
そこで、今回は、自己保管=セルフカストディについて掘り下げたいと思います。
セルフカストディとは投資家などが自己のウォレットを用いて、セキュリティトークン等の資産を保管する場合を指します。
具体的には、デジタルアセットの処分権の紐づく秘密鍵が、事業者ではなくエンドユーザー一人ひとりの手元で管理されるものです。
暗号資産の場合は、私たちが提供する「Ginco Wallet」のようにクライアント型と言われる資産管理方法を提供するモデルがこれに相当します。
セルフカストディが検討される背景には大きく分けて3つの理由があります。
第一に、コンプライアンス対応コストが削減できることです。
改正資金決済法および改正金商法では、「他人のために暗号資産の管理をすること(当該管理を業として行うことにつき他の法律に特別の規定のある場合を除く。)」が業規制の対象となりました。
さらに、当該業規制の対象事業者には相応のリスク管理体制の構築と、コールドウォレット管理を始めとする安全管理措置の準拠が求められることとなります。
一方で、事業者が投資家の鍵を一切管理しない場合、セキュリティトークンの販売事業者は規制上のカストディ要件には該当しなくなります。また、単一の事業者だけでは当該資産を処分できない場合(2of2のマルチシグを事業者と投資家がそれぞれ持ち合う場合等)においても、同様にカストディ要件の対象外となります。これにより管理上のコンプライアンスコストを下げることが可能です。
第二に、リスクの分散を図ることができます。
仮に全ての資産を事業者が一元的に保管していれば、一回の攻撃で全てが奪取される恐れがあります。
セルフカストディを組み込み、投資家が自身の資産を管理していれば、ネットワーク内での攻撃対象が分散化され、ハッカーの攻撃インセンティブを抑制することが可能です。
また、事業者は自身の預かり総額を減らすことによって、仮にハッキングの被害にあった場合でも被害規模を抑えることができます。
実際にGincoが提供するセルフカストディのウォレットアプリも、暗号資産取引所とのリスク分散という棲み分けのもと、多くのユーザーにご利用いただいています。
このように資産を分散管理できるよう投資家にもセルフカストディの機能を提供することで、攻撃対象あたりのインセンティブを減らし、リスクを抑制することが可能になります。
第三に、投資家へ提供するサービスの付加価値向上を図りやすくなります。
セキュリティトークンとはあくまでも、ブロックチェーン上で「投資性を有する金融商品(=事業キャッシュフローを配当にするために資金調達を行う)」に見立てられた電子データにすぎません。
技術的には、当該ブロックチェーン上でセキュリティトークン以外にも、ステーブルコインや決済通貨、デジタルチケット等を配布することは十分可能です。
この際に、投資家が秘密鍵を有していれば、ダイレクトにアセットクラスを配布して、P2Pでの取引を展開することが可能になります。
加えて、秘密鍵を用いることで電子署名・電子契約を行うことも可能ですし、株主総会における議決権の行使等にも流用できます。
このように、セルフカストディ=秘密鍵の自己管理をサービスとして提供し、セキュリティトークンの購入にとどまらない「次世代の証券口座」として事業モデルを実現できます。
一方で、セルフカストディには以下のような懸念点や課題があり、簡単に実現・導入が可能なものでもありません。
第一に、投資家の責任が大きくなりすぎるという点が懸念されます。
例えば、少人数私募で機関投資家の参加を募る場合、一口あたりの調達規模は数百〜数千万円規模となります。
しかし、これらのアセット管理を投資家に委ねる場合、紛失・盗難・強奪等のリスクに投資家自身が自己責任で対処しなくてはなりません。
加えて、安全性だけでなく、使いやすく分かりやすいインターフェースでなければ利用者も安心して投資に参加することが難しいでしょう。特にバックアップの取り扱いや送受金の際のUI/UXには注意が必要です。
このようにセルフカストディで投資を呼びかける場合、投資家の心理的・実務的な参加ハードルは非常に高くなります。
また、投資家の責任範囲が大きくなる分、カスタマーサポートにはかなり力を入れて臨まなくてはなりません。この際、証券管理業務上のCSノウハウではなく、ブロックチェーン上の鍵管理技術に関するCSノウハウが必要とされることにも注意が必要でしょう。
第二に、資産の保管実態を事業者側が捕捉しきれなくなる懸念があります。
セキュリティトークンの販売事業者や発行体がセルフカストディサービスを用い投資家に管理を委ねた場合、そのアセットの所在や管理実態を販売事業者側で捕捉しきれないケースが生じます。
当局が実施する安全管理措置のモニタリングにおいても、事業者1社の管理体制をチェックすることは想定されていても、利用者数万人の口座管理方法までチェックすることは想定されていません。
そのため当局からも事業者の管理責任について懸念視される恐れがあります。
第三に、セルフカストディを実現する技術的ハードルが非常に高いことです。
そもそも個々人が自身の端末で暗号資産やセキュリティトークンを管理するためには、デバイス側に秘密鍵の導出・管理・署名等の処理を組み込まなくてはなりません。
今般、日本においてセルフカストディをサポートしたモバイルウォレットアプリを提供している事業者は数えるほどしかおりません。
また、セキュリティトークンの発行プラットフォームは複数のコンソーシアム形成が見込まれており、用いられるプロトコルも多岐にわたります。これも技術的なハードルが高くなる要因となります。
将来的には、多様なSTプラットフォームに対応し投資家が気軽に利用できる「汎用型ST管理アプリ」のようなインターフェースが登場するかもしれませんが、少なくとも現状、発行事業者が自社のセキュリティトークンをサードパーティのウォレット等でサポートしてもらえる可能性はそこまで高くないでしょう。
こうした課題を踏まえると、カストディを全て投資家に委ねることが現実的とは考えにくいものがあります。
諸外国の取り組み等を踏まえても、当面は事業者がカストディを行わないことにはセキュリティトークンの市場が発展することは難しいと考えられるでしょう。
セルフカストディのメリットと課題を踏まえ、現実的な落とし所はどこにあるでしょうか?
例えば、折衷案として考えられるのは以下のようなモデルです。
このようなかたちで、セキュリティトークンを購入してもらうだけのサービスに完結せず、投資家の参加を促す新しいサービスモデルを企画構想できるのではないかと考えられます。
先述の折衷案を実現するためには、カストディ機能を複数のデバイス・管理主体・ユーザー体験に最適化して組み込むことのできる事業者との連携が不可欠になるでしょう。
より具体的には、事業者のカストディシステムと、セルフカストディ機能を有するトークン購入・管理アプリを、垂直開発できる外部ベンダーの力を借りることが理想的なアプローチなのではないかと考えています。
私たちGincoは、日本において唯一セルフカストディと事業者カストディの両方を、セキュリティトークンビジネスに組み込むことのできる専門事業者です。
実際に、Gincoが創業期から提供してきたモバイルアプリは、開設口座数は7万以上、累計入金額は250億円以上という、国内トップの提供実績を持つ暗号資産セルフカストディサービスとなりました(当社調べ)。
セキュリティトークンについても、3年以上にわたるウォレットサービス提供を通じて蓄積したノウハウを活かし、安全で利便性の高いOEM開発サービスを実施しています。
業務用のカストディシステムとセルフカストディサービスを垂直開発可能なため、セキュリティトークンを販売するだけに留まらず、「投資体験」自体をアップデートするような、新規事業プランを立てるお手伝いが可能です。
新たに施行された改正資金決済法・金商法に組み込まれたカストディ規制に対応する場合、投資家に秘密鍵の管理を委ねる「セルフカストディ」という選択肢があります。
そのメリット・デメリットは以下の表に整理することが可能でしょう。
諸外国の情勢や規制との兼ね合いを考えれば、純粋にセルフカストディのみでセキュリティトークンビジネスを実現するのはハードルが高いのではないか、と考えられます。
他方で、メリットを追求する上で、部分的にセルフカストディの仕組みを組み込んでいくことは、新規性を高め競合との差別化を図るうえで有意義なアプローチであり、構想するビジネスモデルに応じて柔軟に検討すべきでしょう。
いずれにせよ、カストディはビジネスモデルに適した形を選ぶ必要があり、検討の早期段階から専門事業者と議論を積み重ねていくことをおすすめしたいと思います。
現在、ブロックチェーン上のアセット管理をともなう事業に関わる方は、ぜひ一度ご相談をお寄せください。
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