インタビュー協力:
・株式会社LIFULL様・松坂維大様(写真右)
・株式会社Chaintope様・村上照明様(写真左)
業界:
・不動産業界
プロジェクト内容:
・ブロックチェーン技術を用いた不動産登記の効率化に関する検証活用技術:
・NFT活用導入サービス:
・Node API松坂様・村上様(以下、敬称省略):よろしくお願いします。
松坂:本プロジェクトの背景として、日本における空き家問題があります。
今現在、日本全体で空き家と言われる物件が800万戸近く存在していて、近い将来1,000万戸に到達すると言われています。
ただ、空き家の正確なカウントは難しく、不動産登記簿から所有者を追っていっても現所有者にたどり着けないことがあります。これは不動産登記が義務化されたものではなく、さらに、専門家への依頼など費用が発生するからです。
そのため、人が住まなくなったり価値が著しく低い不動産の登記が行われなくなってしまいがちなんです。
こうした事情で持ち主が分からなくなってしまった空き家では、取り壊しやリノベーションを行うこともできなくなるため、どんどん手がつけられなくなるという悪循環が生じます。
根本的な問題は登記コストと物件価値の不均衡です。登記コストが物件の価値を上回ってしまう場合には、売却するにもお金がかかってしまいますから、「正しく登記簿上で管理すること」に対するインセンティブが働かなくなってしまいます。
そこで、従来に比べて費用のかからない登記の方法としてブロックチェーンの活用が研究されているんです。
村上:今回の実証実験では、パブリックブロックチェーンの公証性と特定の機関に依らず取引のタイムスタンプを記録・保持できる点に着目し、安価に不動産の権利移転記録を残す仕組みをブロックチェーンで実現しようとしました。
(参考:LIFULL、空き家・所有者不明不動産問題の解決に向け、ブロックチェーンを用いた権利移転記録の実証実験を開始)
具体的には下記の流れで、物件の移転登記を行います。
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松坂:登記というのは物件の所有権という資産の価値を取り扱う行政管轄のデータベースです。これが正常に機能するのは、「国がきちんと管理してくれている」という信用があり、国民の中でコンセンサスが取られているからです。
これと同等の公証性を担保するためには、単社で管理するプライベート/コンソーシアムチェーンではなく、世界中のノードによって不可逆に更新され続けているパブリックチェーンを用いる必要があると考えました。
村上:通常、ブロックチェーンを利用した実証実験においてはどのようなブロックチェーンを用いるか否かを初期に検討することになると思いますが、今回は扱う記録の重要性を鑑みて、メインネットのパブリックチェーンの採用を決めました。
登記移転というのは、短時間に膨大なトランザクションが生じるものでもありませんから、コンソーシアムチェーンやテストネットを用いる必要性が低かったことも理由です。
松坂:まず、大変だったのは、ブロックチェーン上で権利を移転する下準備でした(笑)
空き家というのは、所有者が曖昧になっていたり、残置物があったりと、様々な問題を抱えているものです。このように、手がつけられなくなった不動産をマーケットに戻すために登記を行うのですから、物件そのものに対して手を入れなくてはなりません。
「ブロックチェーン上でトークンが動いたから、ハイ終了」とはならないんです。
低コストで登記に代わる記録をつけると同時に、5万円でも10万円でも価値を与え直すことによって、インセンティブの不均衡を在るべき姿に修正することができます。
村上:本プロジェクトでは物件の所有権に対応したNFTを発行します。その移転記録をそのまま権利移転の記録とみなす当事者間の契約によって、物件の所有権を移します。
これまでの社会通念上、対抗要件として機能してきた登記に代わって、ブロックチェーン上のNFTと現実の物件とを「同一である」とみなせるようにしなくてはいけない。このリアリティにコミットする必要があるというのは、やってみて痛感したポイントでした。
LIFULLさんが、本気で「ブロックチェーン上の処理をリアルの世界と連動して確認すること」に取り組まれているのは、非常に先進的なことだと思います。
松坂:現在の法制度上、登記以外に第三者対抗要件(成立した権利移転について、第三者に対し所有権を主張するための法律要件)となる記録はありません。しかし、改ざん耐性の高いパブリックチェーンを用いることで、価値を失ってしまった空き家という特定ケースではあるにせよ、「共有台帳上の記録の公証力」を示せたと考えています。
また、パブリックチェーンに契約の証跡が残っている以上、第三者対抗はできなくても、当事者間契約の証拠としてタイムスタンプを残せるとは考えています。このように「何が出来て、何が出来ないのか」「何ができれば、どういうユースケースがあり得るか」という次の段階へ議論を進められることも大きな成果だと思います。
村上:開発したアプリケーションは、トークン移転を不動産の権利移転(譲渡)とみなす当事者間契約をハッシュ化してNFTに組み込み、それをLIFULLさんが受け取るものです。
まず、移転権利を取り扱うサービスとしてのアプリケーションがあり、そこで作られた契約書を物件トークンに組み込むことで、物件とトークンを紐付けるための証拠を残せるようにしました。これは今後も、ブロックチェーンを用いた権利移転系のプロジェクトで標準的な仕組みにしていけるのではないか、と思います。
また、そこから更に、NFTにペッグしたファンジブルトークン(代替性トークン)を発行するなどの方法で、不動産の所有権を分割販売するなどの仕組みが、より現実味を帯びました。
村上:実は我々が開発している最中にEthereumのブロックチェーンについてイスタンブールという名称の大規模アップデートがあり、ネットワーク原因のエラーが生じやすい状況になってしまいました。
特に困ったのは、開発検証を行うテストネット環境(Ropsten)が、かなり長い期間分裂していて、イスタンブールにアップデートを行うと、最新状況に同期できない、という問題です。
自分たちでノードを構築・運用していると、このネットワークトラブルに対応するために多大なコストを支払わなくてはなりません。しかし、今回はノードについてGincoさんにご協力いただいていたため、ネットワーク状況を逐一日本語で報告いただき、不具合などへの対処をお任せすることができました。
「このエラーは、こういう原因で生じています。◯日以内に安定しますのでご安心ください」といった形で密にコミュニケーションを取っていただいたおかげで、エンジニアが開発に集中出来たことが印象に残っています。
Gincoさんのノードが安定してトランザクションを処理できるようになった時点では、どの開発者コミュニティにおいても「ネットワークが安定した」という状況ではなかったため、どのようにノードを安定させていたのか、エンジニア側も驚いていました。
後日詳細を伺ったところ「常に最低6つのフルノードを同時運用し冗長性を担保している」「ハードフォークの直前でスナップショット(データベースの状態をセーブすること)を取っていて、仮に失敗しても遡って成功させることができた」「HFに成功したノードだけにしかトランザクションの共有を行わないようプロキシサーバーを立てていた」という対処をされていたそうです。
松坂:そんなことがあったんですね!全然知らずにのんびりしていました(笑)
村上:多くの場合、最終的なパブリックチェーン活用を目指すものの「ひとまずテストネットでやりましょう」というかたちに落ち着くことがほとんどです。その場合は、自分たちでノードを立てて運用してもそこまで大きな負担にはなりません。
ところが、メインネットを用いる場合には、そもそもノードを同期するだけで大変な苦労が発生します。Ethereumでフルアーカイブノードを立てようとするとデータをダウンロードするだけで三ヶ月程度の期間を要しますし、その間に数十万円のサーバー費が発生してしまいます。
松坂:ノードのこととかは全く知らずに、ビジネスモデル上「パブリックチェーン×メインネット」が必要だと、素直に考えて今回の実証実験を企画したので、今とても驚いています(笑)
村上:実証実験でもあるので、実験終了後に構築したメインネット環境を停止することも考えると、基本的にノードをゼロから構築するのは非効率的でした。Gincoさんに協力を打診したのはこうした事情だったんです。
村上:サービス導入を決めた理由は大きく分けて2つです。国内の事業者でノード運用をまるごとお任せできるソリューションの提供者がGincoさんしかいなかったこと。そして、Gincoさんは、自社でGinco Walletというサービスを提供されており、これまでの確かな運用実績がありました。この2点から安心して採用できるものだと判断しました。
今だからお伝えしますが、純粋にトランザクションを受け渡しするだけであれば、海外の無料サービスを利用するという案もありました。しかし、不動産の権利を巡る問題があった場合に法廷にそのトラブルを持ち込まなければいけませんから、国境を超えると法律の扱いが変わってしまうという懸念もGincoさんにお願いした理由の1つです。
村上:ネットワークの安定性については先ほども言及したとおりとても確かなものでした。今回のようにネットワーク自体が不安定な状況下で試行錯誤を伴なう開発を行うケースにおいて、基礎開発コストを確実に減らしてくれることはとても力強いです。
また、エンジニアが日本語でスピーディに対応を行ってくれたことも他では期待できないサポートなのではないかと思います。英語を一回挟むだけでスピードも情報の解像度も大きく下がってしまいます。
週次で出していただいているカスタマーレポートも社内で好評でした。何が良かったかと言うと、RPCで実行しているメソッド単位でリクエスト数等の情報を細かく出していただいた点です。取り扱うトランザクションが多ければ多いほど、どういう処理を削るとより効率的に実装できるのかという改善を行わなくてはなりません。今回はカスタマーレポートを読むだけで改善プランを立てることが出来ました。
他のエンタープライズサービスがどのようなサポートをしているか詳しくは知りませんが、ここまで丁寧にレポーティング等のサポートを行っているGincoさんのサービスは安心感がありますね。
ちょうど実証実験を行っていたタイミングでEthereumのガスコスト(Ethereum上でのトランザクションに係る手数料のこと)が非常に高騰してしまい、ガスプライスが低すぎてトランザクションがタイムアウトしてしまうという事態が何度か発生していました。
この問題はトリュフ(Ethereumを用いたアプリケーション開発フレームワークのこと)が原因で生じておりましたので、よりトリュフフレンドリーにエラー対応や診断結果のレスポンスをAPI経由で返していただけると、さらに安心して使えるのかなと思います。
ブロックチェーンを用いる場合同期の失敗などでエラーメッセージが頻発するのが常なのですが、それらを個別に取得して共有して頂けると利用する技術者のエラーへの対応がよりやりやすくなるので、対応いただけると有り難いです。
私がエンジニアになったとき最初に覚えたのは「エラーをちゃんと読むこと」でした(笑)エラーが見れることはエンジニアにとってのバリューですから。
村上:本気でブロックチェーンに取り組んでいて、かつ、一周回ってやりたいことやりたくないことが明確になった業者さんにこそ価値が伝わるサービスだとは思いますが、導入して良かったと思っています。
ブロックチェーンの開発者ならばノード管理は誰しも経験するものだと思います。そしてやってみた結果「めんどくさい」「もうやりたくない」「難しい」と思うポイントでもあります。
何より、今後のブロックチェーン業界は事業者ごとに得意・不得意を分担しながら、本当に世の中に影響を与えられるようなサービスを作っていく段階に差し掛かっています。
これからも絶えず需要があるのではないでしょうか。
松坂:LIFULLは主に物件広告をメインに「家探し」というシーンをサポートしています。しかし、実際のユーザー体験上には、見つけた物件についての契約や登記といったデジタル化されない作業が発生しています。
これはデジタル化が進んだ現代であっても、不動産という資産に紐づく情報には不確定なものが多いからです。例えば、本当はどれだけの広さなのか、どれくらいの築年数なのか、実際の所有者が誰なのか、その持ち主は本当に実在するのかなどは契約の直前まで確定されません。
この確定を印鑑証明や登記簿謄本、戸籍謄本などの書類を用い、都度バリデーションしており、これが非効率なプロセスの原因になっています。
もしこれが最初からブロックチェーン上にトークンのような形で確定されたデジタル情報として置いてあれば、仮想通貨同様に実は不動産も一瞬で移転できるはずです。
LIFULLとしてはこのような世界観を目指し、探した家にすぐ住める、本当の意味で一気通貫のサービスを提供できるのではないかと考えています。
村上:私たちは福岡の飯塚市を本拠地として、主に地域や地方というテーマに紐づく様々な社会課題とブロックチェーン技術を掛け合わせた事業に取り組んでいます。
今回のプロジェクトもブロックチェーン技術を用いた地方の社会課題解決に直結するものですし、今後も同様の構想が沢山生まれてくるでしょう。
それらの構想の足元の問題をいかにして解決していくのかが重要です。
今回の事例においても、ガスコストの処理などはmeta transaction等の最新技術を用いてより効率化が可能です。今後、構想をアプリケーションに落とし込んでいく上で我々の技術やノウハウを用いてシステムの改善をしていきたいと思います。
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